2016年02月02日

春、別れそして出会い

とうとうと言いますか、やっとと言いましょうか。。。

ついに離婚致しました!

ここまで来るのが本当に長かった。
2013年から考え出して、2014年に離婚を決意して以降、昨年の夏頃まで、本当に本当に色々な事が起りました。

夫はどうしてこんな事をしたんだろう?とか、何を考えていたんだろう?とか、今まで私が夫の為にして来た事、夫の為に言い続けて来た事は一体何だったんだろう?とそんな事ばかり考えさせられていました。

ナイジェリアに帰っていた夫が、一昨年の秋に戻って来ました。

昨年の1月、夫が戻ってから2ヶ月経った時、夫婦で良く話し合う為に1泊旅行に出かけました。
家で話すより、外で話した方が良いと考えました。今までのことを水に流す意味でも、たまの旅行でもあるので、伊豆温泉に出かける事にしました。

2人の関係修復は難しいだろうと考えていた私でしたが、夫が戻って来た事を喜ぶ気にはなれなくても、心のどこかでは戻って来る事を期待していたかも知れません。話し合いの結論から言えば、今までの事を許して欲しい、許しがなければ前に進めないとの事で、夫から受けた仕打ちを本心では許せないままでは有りましたが、水に流して夫婦としてやり直す道も考え始めていました。

結婚以来大きな山ばかり越えて来たので、今回もそうやって乗越えるべき事と思ったんでしょうね。
時間は掛かっても…。

そんな中、台湾に行く事になりました。
母の名代で、亡き父の大親友のお墓参りとそのご家族を訪ねる事になりました。

夫が私とやり直したいと思っているなら絶好の機会と思えました。
こうやって母の名代で、父の大親友のお墓を訪ね、その家族を訪ねるという事の重さを感じて、彼自身も家族を持つ事の意味と重みをちゃんと理解して貰いたいと思って、夫を連れて行く事にしました。

私の仕事の関係でお世話になっている方も台湾にいるので、そこも訪ねる事にしました。

夫にとってみたら、この十数年の結婚生活の間に一度も見た事のない私や、私の世界、そして私の家族と家族ぐるみでのお付き合いのある人達との深い友情と結びつきを垣間見た感じがした事でしょう。

それで私は、自分の家族を持つ事の本当の意味、重み、更にはどうやって人と係わり合いながら人生を豊かにするか、これからの人生をどう構築して行くのかを夫に感じて欲しかった。心からそう願っていました。今まで夫には見せていなかった扉を開き、再び夫を受け入れてやり直そうと思い直し始めていました。

台湾から戻った後、夫が母との確執を乗り越えようと努力し始めました。
今まであんなに「今は会わせる顔が無い」と言っていたのに、母と対面して実家の手伝いをしてくれました。

でもそれもつかの間。

夫は家族を持ったことの意味を全然理解していなかったんです。
私の今までの苦労は何だったのかと、本当に悲しくなります。そして十数年も一緒にいた私に対する最後の仕打ちがこれとは、心底寂しかったです。

夫は密かに計画を立て、その機会を見計らっていたんでしょう。
お金を盗んで家を出ようと考えていたんです。

およそ半年位前から永住権の申請中でもあり、台湾から帰国後1ヶ月も経たないうちに、まさかあんな事をするなんて本当に想像もしていなかった。

全く想像をしていなかっただけにそのダメージは本当に大きく、私の心はズタズタになりました。
夫を憎み、恨み、怒りがどうにも抑えられずに、自分の中の優しい部分や美しい心の様なものが崩壊したことを知りました。

心的外傷後ストレスPTSDなのか、フラッシュバックを起こして、辛い気持ちや怒りを何度も繰り返し涙が止まらなくなったり、暫くの間は眠れず、悪夢を見たり、相当精神的に辛い思いをしました。夢の中では、夫が誰かに刺されて生死をさまよっていました。本当は私の方がそんな感じだったというのに。

一度離婚を決めて、そこから許そうとしたところまでの振り子の幅が大きかっただけに、もうこれ以上生きていても意味が無いと思う様になりました。

死んでしまった方が楽と考える自分がいました。
生きているのがイヤになりました。

母の為に蓄えていたお金や、支払のお金、私のへそくりも全部持って行った夫。警察を呼び、ナイジェリアのアナンバラ州協会に連絡をして事情を説明し、離婚したいから夫と連絡を取って欲しいとお願いをしました。

協会では親身に相談にのってくれて、夫を見つけ出してくれました。夫からも話を聞いて、私の望み通り、離婚届けにサインさせてくれました。数か月後、夫から離婚届が届きました。

夫には心底辟易し、早く縁を切る事だけを考えていました。

盗まれたお金も少なくなかったので、相当痛みも伴いましたが、夫婦である場合は起訴しても不起訴になるそうなので泣き寝入りです。だけど、お金なんて一生懸命に生きていなければすぐに底をつくものです。

お金が無くなっても今度は助けてくれる人は誰もいません。
そこからが彼の本当の正念場。

頑張って生きて頂きたいものです。

そういう訳でして、昨年の夏が終わる頃にようやく離婚が成立致しました。

夫が家を出る前にも、というか厳密に言えば、夫がナイジェリアから戻って依頼ずっと、離婚届にはサインしておいてと頼んでいましたが、首を縦に振らなかった夫。でも永住権も無事に取得出来て、アナンバラ協会の理事達の手前もあるし、とうとうサインをしました。

人生って本当に思った通りには行かないものですね。

でも夫の事が好きで結婚したので、こんな事になりましたが、後悔はしていないです。警察につかまったり、入管に収容されたり、行方不明になった事も一度ならず、本当に色々な事が有りました。夫を通して見せられた事の全て、経験した事の全てに感謝して私の結婚生活を終わりました。

そして、このブログは離婚と共に終えようと決めていたので、本日をもって終えたいと思います。2006年に初めてから1月末で丸10年。今まで足を度々運んで下さった皆様、コメントを下さった皆様、バカな私達夫婦を見守っていて下さった皆様、本当に今まで有難うございました。そしてこれからご結婚を考えている国際結婚のカップルの皆様、または婚約者が法的に問題のある皆様、少しでも私の経験が皆様のご参考になれば嬉しい限りです。

未だにPTSDの後遺症が出ていますが、私も前を向いてもう一度歩き始めようと思い始めています。結婚はもうしないだろうと思いますが、穏やかで心の温かい殿方とまたいつの日か出会い、素晴らしい愛を見つけられたらと思っていますので、ご心配なさらずに。

皆様さようなら。


posted by 夫はチョコレート at 13:37| Comment(2) | TrackBack(0) | JOURNAL | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめて
突然です申し訳ありません
ナイジェリア人と結婚する娘の事で
色々教えて頂きたいのですが
お願い出来ないでしょうか❔
新しい、人生を歩んでらっしゃるのに
申し訳ありませんが
教えて頂きたい事があります
これを見たら是非ご令嬢下さい
お願いします
Posted by at 2017年01月30日 13:22
メッセージを頂きまして有難うございます。長い間ブログを確認しておりませんでしたので、ご返信おそくなりました。頂いたメールアドレスへ別メールからご連絡をさせて頂きました。もしまだお聞きになりたい事が有りましたらそちらからご返信お願い致します。
Posted by 元夫はビターチョコレート at 2017年07月19日 13:49
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